男女混合名簿が教えてくれたもの
〜「男女共生」から「すべての人々との共生」へ〜
旧4年担任
養護教員
1.はじめに
2.葛城南小学校の取り組みと経過
 (1) 「いのちの学習」からはじまって
 (2) 男女混合名簿からみえてきたもの
 (3) 二次性徴の学習を考える
 (4) 二次性徴の学習で人間の豊かさを伝えたい
   子どもたちの感想文
3.今後の課題とまとめ
          
1.はじめに
 御所市養護部会では1988年度から、性教育を「生き方の教育」「いのちを大切にする教育」と考え、研修してきた。 教職員を対象にしたアンケ−ト調査や資料を交換することから始まり、指導計画案をたてた。その計画が実践しやすく、子どもたちの心に響くものにするため、パネルシア タ−を使った教材を工夫したり、赤ちゃん人形を作ったりと様々に取り組んできた。そして今、「性=生=いのち=人権」教育ととらえ、更に研修を深めている。
 
2.葛城南小学校の取り組みと経過

() 「いのちの学習」からはじまって

 1992年度から、同和教育の一つの柱として性教育が位置づけられ、全学年に「いのちの学習」いう時間が設定された。取り組みをすすめていくうちに、日々の生活の中で「当たり前」としていたこと、例えば、「男の子が先で女の子が後の名簿は何か変だ」 という声が教職員からあがり、試験的に男女混合名簿が導入されるようになった。同じように、御所市内で数校が男女混合名簿になっていた。

() 男女混合名簿からみえてきたもの
 以前から、背の順番で並ぶ時、運動会の競技などは混合だったので、子どもたちは混合名簿を自然に受け入れた。名簿だけが男女別で不自然だったのかもしれない。
 実際、混合名簿にしてみて「当たり前」とされている中に、実に多くの「おかしさ」 があることに気づくことができた。くつ箱やロッカ−の名札が男女で色分けされていたり、男らしさ、女らしさという社会的・文化的に男や女はこうあるべきものとして作られているジェンダーで、私たちの生き方が窮屈になっている。日頃、「差別はあかん。」 と言いながら、知らないうちに私たち自身が、子どもたちにジェンダーをうえつけていたのかもしれないと反省することができた。  らしさで女や男の行動や生き方を縛ることのおかしさ、性別役割分業、そして女性差別の問題。関連教科を探り、「いのちの学習」からの発展という形で、男女共生教育へと高まりのある実践になってきた。


() 二次性徴の学習を考える

 全学年での学習が定着し、子どもたちは多くのことを学んでくれていたが、私にはとても気にかかることがあった。自分らしさを大切にしてほしいと願い、取り組んでいても、「おかま」「ホモ」「変態」などという言葉で友達をからかう様子がみられる。また、二次性徴の学習では、男と女の体の変化に違いがあるため、こちらが違いを強調しているつもりがなくても、子どもたちに「やっぱり男と女は違う。だから、男らしく女らしくも仕方がない。」という印象を与えていないのだろうかという不安があった。それが、 「おかま」などという言葉を平気で使ってしまう子どもたちの姿に、現れているのではないだろうか。
 そんな悩みをもっていた時、市養護部会の学習会があった。羽曳野中学校の尾藤りつ子さんの二次性徴の話はとても衝撃的だった。
 ・男女の体を別々に教えると、同じ変化よりも違いを強調することになってしまう。  
 ・子どもたちに示している男性器、女性器の図は、男でもより男らしい人の性器で、女でもより女らしい人の性器。男 と女はもっと幅が広く、いろんな性器の形がある。
 ・人間の性は女か男かの二分割ではなく、人間の性の豊かさとしてとらえる。      
 早速、4年生の担任にそのことを話すと、「男と女の体の絵を見せた時点で、違いを強調することになると思う。」という答えが返ってきた。担任が考えた授業は、男女の体の絵を示さない、男女を分けて考えない、大人になる時の体と心の変化を子どもたちで話し合うというもの。予想以上に自由な発想で考えられる子どもたちに、担任も私も驚くばかりだった。

() 二次性徴の学習で人間の豊かさを伝えたい

 前年度の取り組みに学びながら、「男と女はもっと幅が広く、いろんな性器の形があること」や「人間は女や男で分けられない、人間の豊かさ」を伝えたいと考え、授業計画を立てた。担任が授業を行うが、私もT.Tの形で参加した。

    第一次   大人になる体や心     

    第二次   月経のしくみ、射精のしくみ

    第三次   男女の性器ももとは同じ


 第一次   大人になる体や心
 @子どもから大人に成長するまでに現れる体や心の変化を考え、体の変化は白色のカ−ドに、心の変化は黄色のカ−ドに書き、黒板にはる。
 Aカ−ドを女性に現れる変化、男性の変化、両方ともの変化か話し合う。 
 初めは照れもあったが、カ−ドがはられるたびに盛り上がり、リラックスしていった。前年度同様、子どもは豊かな発想で答えてくれた。    
 ほとんどの内容を男や女ではなく、みんな、人によると自分たちで出したこの結論が、「人はそれぞれ違っていいんだ」という発想になればと願っている。月経や射精のことが子どもからでなかったので、第二次に外性器、内性器とともに説明した。

板書を見る→

 第三次   男女の性器ももとは同じ
 @女も男も女性ホルモンと男性ホルモンの両方が分泌されている。

 A男と女の外性器は全然違うように見えるが、胎児は約30日まで外性器は全く同じである。それが、約50日経つと男や女に変化していくが、その始まりの外性器もほとんど違いがない。              

 Bお母さんの体からでると、男女は全く違う外性器になるのではない。男でもいろんな形の外性器の人がいて、女でもいろんな形の外性器の人がいる。

 Cどうして男性にも乳首があるのか?   <「たけしの万物創世紀」人体の不思議スペシャルより>

  生まれる前、まだ男か女かわからない時、人間の乳首は20個ある。ねずみのようなほ乳類の伝統を受け継いでいるからだが、生まれてくる頃には左右2個になる。しかし、なかには2個以上(副乳)をもっている人もいる。

  では、なぜ男性の乳首は副乳のように小さくならなかったのかという新たな疑問がでてくる。

  国立科学博物館 人類研究部の馬場先生は、「大昔、オスもほ乳していいたためか、あるいは今後進化していくなかで、オスがほ乳することがあるかもしれないから残してあるのだろう。」と話された。


二次性徴の授業を終えて、子どもたちの感想文から

…話によると、男の子と女の子は受精してから50日くらいまでは、見分けがつかないそうです。もとはといえば、30日ぐらいまでは男の子と女の子は性器の形が同じだそうです。そして、あかちゃんはおなかの中にいる時にはなんと乳首は男性もともに20個もあるそうです。しかし、20個も乳首はいらなので、うまれてくる時に残るのは1組だそうですが、なかには「ふくにゅう」といって乳首が2組ある人もいるそうです。…

最初に印象に残ったのは、お母さんのおなかの中にいる時、50日ぐらいまで男も女もいっしょだったということです。そして、一番印象に残ったのは「万物創世紀」というテレビでした。「どうして、男性に乳首があるのか。」と言ったので、私にはぜんぜん分かりませんでした。でも、科学者のけつろんでは「昔、オスがぼにゅうをあたえていたか、それとも今後オスがぼにゅうをあたえる時がくるかのどちらかが考えられる」と言っていたので、そういうこともありえると思いました。人の体は、いろんな仕組みがあるんだなあと思いました。 

 先生が、女の子にも女性ホルモンや男性ホルモンがでるといったので、なぜ女の人に男性ホルモンがでるのかふしぎでした。…ぼくは、ハトの赤ちゃんがたまごからかえってえさがない時に、オスののどにほ乳びんみたいなものがあって、それをのませるという話を思い出しました。 


 子どもたちは、男女の違いよりも共通点が多いことに驚いたようだ。また、胎児の外性器が同じだったことを、「男でも女でもない人ができて」と感想文に書いている子がいた。今後、そういう人(インターセクシャル・半陰陽者)の存在を肯定的に認められることへつながってくれればと願う。
 この後、担任は、「ぼくのこと」というエッセイを子どもたちに読んだ。「ぼくのこと」は、梶原 完さんという男性同性愛者が自らを語っている。同性を好きになる自分自身にとまどい、周りの人からも傷つけられ、自己を否定して生きてきたつらい思い出。 しかし、自分を受け入れてくれた人々との出会いの中で、そのままでいいと自己肯定していく様子が綴られている。子どもたちは、突然のことで正直驚いているようだった。 しかし、心配していたようなからかいの言葉も嘲笑もなく、教室は静まりかえった。
 「みなさん、同性愛者について正しいことを学んでください。同性愛者をからかった り、差別しないでください。そして、同性愛者のあなた、自分に自信をもって堂々と生き、花も実もある有意義な人生を送ってくださいね。」という言葉で結ばれているメッセージ。担任をじっと見つめている子どもたちの真剣な顔がとても印象的だった。
   
3.今後の課題とまとめ
 4年生はこの学習の後、女や男という枠にとらわれないで仕事を選び、誇りをもって働く人々がいることを学んだ。「人間は女や男で分けられない、人間の豊かさを感じてほしい」という私たちの願いが、どこまで子どもたちに届いたかは分からないが、何かを考えるきっかけにはなっただろう。
 「え−っ、保育所に男の先生がいるの知らんかったわ。」という驚きが、素晴らしい出会いに変わり、自分らしく生きる第一歩になってくれることを願っている。 今回の授業では、担任と養護教員が同じ願いをもって取り組めたことで、新しい内容を作り出すことができた。子どもの様子を一番よく知っている担任と、専門的な知識や体に関する教材をたくさんもっている養護教員が一緒になって授業内容を練ることで、より楽しい学習が創造できると考える。

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